青い鳥症候群が意味するもの

aoitori

ベルギーのノーベル文学賞受賞劇作家、モーリス・メーテルリンク原作の「青い鳥」は、童話劇向け題材でありながら、主題は「生と死の意味」。自らの幸福を探し求めるが、それは探している過程ですでに手に入れていることに気付くという含蓄のある話。探し求めていたのは何だったのだろう?という意味が転じて、恋愛であっても仕事でも生きる道でも自分が捜しているのもは漠然としてるため、分不相当な夢を抱き、本質に気付かないだけでなく、自分を見失うことになります。

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ー社会人の青い鳥症候群ー

社会人の場合は、自分にふさわしい会社に就職したはずなのに、幸せの青い鳥はそこにはいないと勘違いします。意識が外に向いているので、内なる自分の発見をすることができません。そして事の本質を見失って、間違った価値観で自分の行き先を探してしまいます。自分が求めるものはもっとレベルが高く、素質を生かせる会社はまだ他にあるのではないかと思い上がって妥協しようとしません。

次の会社を見つけても、何となくやりにくい。対人関係もうまくいかない。協調性もないので、社会人としても人間としても適応性や順応性がありません。しかしそんなことには気付きません。順応性も適応性もなく、社会人としての資質に欠けていることにも気付かないまま、再び青い鳥を探そうとします。自分というものに気付くまで失敗を続けます。最悪の場合、やがてどこにも自分の求める場所がないことに気付きます。

ある程度の妥協をして馴染もうとする努力が出来ず、対人関係の未熟さや社会適応性の無さがあるにもかかわらず、仕事という一つのことだけに固執して完璧を求めて、それ以外の点で自分の評価ができません。そして、周りの者を見下げた態度を取る傾向にある、というのが現代の社会人版の「青い鳥症候群」です。

ー人生の青い鳥症候群ー

分不相当な夢を抱き続けて妥協もできず、自分を見失った結果に失敗する。というのが一般的ですが、逆に満足してしまうことへの恐怖もあって、そんな自分が許せないという面もあります。自分というものを総合的、客観的に見たときに初めて自分の無力さに気付くと、過去の失敗は自分に原因があったと思うと同時に、周りに改善を求めるという考えが起きることもあります。結局のところ、何も気づいていません。

というのが基本的な間違いで、それが転じて、恋愛や結婚においても、人生においても、全て同じ失敗を繰り返します。より良いものを求めるのは間違いではないですが、「分不相当」と自覚して「妥協」が必要だと考えが変わらない限り、同じ失敗を続けることになります。

ー本物の青い鳥とは?ー

モーリス・メーテルリンクの原作では、最終的に、「気付かなかったものを自分の近くで見つけることになり、それを一度失った末に取り戻すことはできなかった。」というものですが、続編に「チルチルの婚約」があり、相手は近所の娘であったという結末で、婚約者止まりだったのか、妥協して結婚したのか、満足できずに離婚したのか、そのあたりは全くわかりません。

翻訳者によって微妙に内容が変わってくるようですが、最初の主題として意図していたものは「生と死の意味」です。人生に関して書かれている様子はなさそうですが、「推し測ってほしい」というところでしょうか。

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