ポルシェ944のエンジン写真を見ると、前側に歯車やベルトがいくつも並んでいます。4気筒なのに、なぜこんなに回すものがあるのでしょう。
その理由の一つが、振動を抑えるための2本のバランスシャフトです。後輪へ力を送る軸でも、バルブを開閉する軸でもありません。あえて別の動きを作り、エンジンの揺れを打ち消す仕事をしています。
今回は、リトラクタブルライトの944が気になるけれど、エンジンの図は難しそうと感じる方へ。1982年からの初期2.5L・自然吸気の直列4気筒を中心に、軸の役割を色分けして読み解きます。
この記事で分かること
4本のピストンがあっても振動が残る理由/クランクの2倍で回るバランスシャフトの仕事/見た目が似ている2種類のベルトを分ける見方。
「928の半分」と聞くだけでは見えてこない工夫
944は、前にエンジン、後ろに変速機を置くポルシェのトランスアクスル車です。見た目には924の流れをくみますが、初期型のエンジンはポルシェが開発した水冷2.5L直列4気筒でした。
直列は、シリンダーが一列に並ぶ配置。四つの燃焼室がV字に分かれるわけでも、911のように左右へ向き合うわけでもありません。
928のV8とは、シリンダーブロックやヘッドの基本寸法に関係があります。ただし、V8を半分にしたという言葉だけで、944の振動対策や補機の構成まで説明できるわけではありません。

同じ排気量でも、気筒数が少なければ一つの気筒が受け持つ容積は大きくなります。2.5Lを四つに分けると、一気筒はおよそ0.625L。944の4気筒は、小さな気筒をたくさん並べる選択ではありませんでした。
ここで知りたいのは、4気筒の良し悪しを決めることではなく、その構成で何を補ったかです。大きな直列4気筒を市販スポーツカーに載せる工夫が、エンジン脇の軸に表れています。

ピストンが上下で組になっても、揺れは残る
一般的な直列4気筒では、1番と4番のピストンが同じ向きに動き、2番と3番はそれと逆に動きます。二つが上がるとき、残り二つが下がる組み合わせです。
それなら重さがつり合って、振動も消えそうですよね。けれど、ピストンは一定の速さで上がったり下がったりしていません。
クランクは回転し、その動きをコネクティングロッドがピストンの往復運動へ変えます。ロッドは傾きながら動くため、上死点の近くと下死点の近くで、同じように速度が変わるわけではないのです。

ここでいう上死点はピストンが最も上がる位置、下死点は最も下がる位置。位置だけでなく、どれくらい急に速さが変わるか、つまり加速度も、エンジンへ伝わる力に関わります。
二次振動は「二番目に小さい振動」という意味ではない
クランク一回転に対し、二回の周期で現れる成分を二次と呼びます。燃焼の順番を二番目から数える話でも、振動の強さを順位付けする言葉でもありません。
直列4気筒では、上下に動く部品の慣性による二次成分が残ります。ピストンの往復運動に伴うこの揺れを、別の回転部品で打ち消そうとするのがバランスシャフトの考え方です。
クランクへ重りを付ければ何でも解決する、というわけではありません。回転する重りだけで、往復する部品から生まれるすべての成分を同じように消せるわけではないためです。
爆発音を静かにするマフラーや、車体へ伝わる振動を受け止めるエンジンマウントとも、働く場所が違います。音を吸う、伝わり方を変える、発生する力に対抗する動きを作る。この区別が図を読む助けになります。
2本の軸を、クランクの2倍で回す理由
944には、偏った重さを持つバランスシャフトが2本あります。回転する重りが作る力を利用し、エンジンの往復運動から残る成分に対抗します。
二次成分を相手にするので、回転数はクランクの2倍です。エンジンが毎分3,000回転なら、バランスシャフトは毎分6,000回転という関係になります。

大切なのは回転数だけではありません。重りがどの瞬間にどちらを向いているかという、回転のタイミングもそろっている必要があります。
たとえば同じ周期で動く力でも、揺れを打ち消したい瞬間に逆向きの力を出せなければ狙いどおりには働きません。単に速く回している装置、と覚えると肝心な条件が抜けてしまいます。
左右に置けばよい、という単純な配置でもない
2本を組み合わせるバランサーでは、互いに逆回転する重りの力を合成して、必要な方向の成分を取り出します。一方の軸だけでは、別の方向へ引っ張る成分も生まれます。
944の特徴は、2本のバランスシャフトに高さの差があることです。ポルシェの技術資料は、シリンダー方向の振動だけでなく、クランクの回転方向に関わる揺れへの対策も説明しています。

ここでは、軸の位置や重さ、タイミングが設計の一組になっています。軸が2本あると分かるだけでは、その働きを別のエンジンへそのまま移せません。

前側のベルトは、同じ仕事を二重にしていません
初期2.5Lの944では、カムシャフトを動かすベルトと、バランスシャフトを動かすベルトを分けて考えましょう。カムは、吸気と排気のバルブを開閉する軸です。
ポルシェの技術解説では、片面に歯を持つベルトがカムシャフトとウォーターポンプを駆動し、両面に歯を持つ別のベルトが2本のバランスシャフトを駆動する構成を示しています。
| 系統 | 主な相手 | 仕事 |
|---|---|---|
| カム側のベルト | カム・ウォーターポンプ | バルブの動きと冷却 |
| バランサー側のベルト | 2本のバランスシャフト | 振動対策の回転 |
表が見切れる場合は、横へスクロールできます。
片方は燃焼のための開閉時期を保ち、もう片方は振動対策の動きを保つ。見た目が似ていても、二つのベルトは役割の違う部品です。
4ストロークエンジンは、吸気、圧縮、燃焼・膨張、排気をクランク二回転で行います。その間にバルブの一組の動きを作るカムは一回転。クランクに対して半分で回る軸と、2倍で回る軸が同じエンジンにあるわけです。
プーリーというベルトを掛ける車輪は、単なる支えではありません。歯数の組み合わせが軸同士の回転数の関係を作ります。回転の速さを比べると、カム用とバランサー用を一つの説明にまとめられない理由もはっきりします。

歯付きベルトは、歯と歯をかみ合わせて回転を伝えます。滑らかなベルトを摩擦で回す場合とは違い、軸同士の回転の関係を保つ用途に向いています。
その一方で、歯の位置関係や張り具合を無視してよい部品ではありません。外から見えるベルトの本数を数えるだけでは、正しく組み付けられているかまでは判断できません。
エンジンの音だけで、原因を決めないで
バランスシャフトの仕組みを知ると、振動があればすぐベルトを疑いたくなります。ただ、車体で感じる揺れには、点火や燃焼、マウントなども関わります。
回転数による変化を記録することは整備相談に役立ちますが、音や体感だけで故障箇所を確定することはできません。部品の役割を知ることと、故障診断をすることは分けて考えましょう。
注意
この図を見てベルトの張りや位相を調整しないでください。交換時期、張力、合わせ位置は、その車のエンジン型式と年式に適合する整備資料で確認する必要があります。
購入を検討する場合も、交換済みという短い説明だけで安心せず、いつ、どのベルトや関連部品を交換した記録なのかを相談先と確かめると、話が具体的になります。
163PSだけで、すべての944を説明しない
初期944の紹介でよく見るのが2.5L・163PSという数字です。ポルシェのドイツ向けクラシック紹介に載る値ですが、すべての年式や販売地域の944が同じ出力という意味ではありません。
同資料では、触媒仕様やモデルイヤーによる出力の変化、後の2.7L化を分けています。日本仕様の一台を見ている場合は、その個体に対応する国内資料と照合する必要があります。

944 Sは4バルブ化した別の仕様で、S2では3.0Lへ進みます。初期型のカムとベルトの説明を、名前が似ているという理由だけで全モデルへ広げないようにしましょう。
歴史記事に登場年、車の紹介ページにモデルイヤーが載っている場合、数字の年がずれることもあります。発表された年なのか、どの年度の仕様なのかを先に読むと混乱を減らせます。
1981年の発表と、1982年からの2.5Lモデルという表記も、見るものが違います。年式だけでエンジンを特定せず、グレードと型式を一緒に確認することが大切です。
車体の前後バランスと、エンジンの振動は別の話
944を調べていると、トランスアクスルとバランスシャフトの両方で、バランスという言葉に出会います。前者は重い部品を車体の前後へ分ける配置、後者はエンジンの振動対策です。
トランスアクスルでは、前のエンジンと後ろの変速機・ディファレンシャルを、中央のチューブ内を通る駆動軸でつなぎます。こちらの軸は、後輪へ動力を届ける仕事をしています。
エンジン脇にある2本のバランスシャフトとは、場所も役割も異なります。前後重量配分を整えてもピストン由来の振動は別に考える必要があり、振動を抑えても車体の重量配分はそれだけでは決まりません。

エンジン写真を見る際は、どの軸が何を動かしているかを一つずつ追ってみてください。四つのシリンダーだけでは終わらない944の工夫が、ベルトと小さな歯車の先に見つかります。
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