オレンジ色の低い車体に、上へ開くガルウイングドア。メルセデス・ベンツC111と聞くと、この姿とロータリーエンジンを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
ところが、後年のC111には直列5気筒のディーゼルも、V8のガソリンエンジンもあります。昔のスーパーカー図鑑で名前を覚えた方にも、いま写真を見つけた方にも知ってほしいのは、同じ名前のまま、研究する問いが変わっていったことです。
この記事の見分け方
年式と末尾の記号、エンジン、記録の種類をセットで見ます。1969・1970年のロータリー研究車と、1976年以降の記録車を分けると、「C111は何km/h出た?」に一つの数字だけで答えられない理由も分かります。

1969年は3ローター、1970年は4ローターでした
1969年のC111は、3ローターのヴァンケルエンジンを載せた実験車でした。メーカーの技術データでは206kW・280PS、最高速度260km/hとされています。
ロータリーでは、一般的なピストンの上下運動とは異なり、ハウジング内でローターが運動します。「3ローター」は、そのローターを三つ使う構成のこと。気筒数を数えるピストンエンジンの「3気筒」とは区別します。
1970年のC111-IIでは4ローターとなり、257kW・350PS、最高速度300km/h。名前にIIが付くことに加え、動力の構成と性能値も変わっています。1969年車の写真に、翌年車の350PSをそのまま添えるのは正確ではありません。
| 研究車 | 動力と出力 | メーカーの最高速度 |
|---|---|---|
| 1969年 C111 | 3ローター・280PS | 260km/h |
| 1970年 C111-II | 4ローター・350PS | 300km/h |
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ここでの速度はメーカーの各車の技術データです。後に登場する長距離走行の平均速度とは測っているものが違うため、同じ「最高速ランキング」に一列で並べないようにしましょう。
排気量の数字が違って見えたら、何を数えているか確認しよう
メーカー資料には、3ローター車のKammervolumenを1,800cm³、4ローター車を2,400cm³とする表記があります。これは燃焼室の容積に関する表記で、ピストンエンジンの排気量と無条件に同じ尺度で扱うと混乱します。
古い紹介や競技の区分で別の換算値を見つけても、すぐに誤記とは決めつけられません。まず資料が室容積を示しているのか、何らかの換算値なのかを確かめる必要があります。
この記事の世代比較では、容積の大小で性能を順位付けせず、ローター数、出力、車の目的をそろえています。単位が同じccでも、数え方の前提まで同じとは限らないという点を覚えておくと、昔の資料が読みやすくなります。

形は市販車のよう。でも、販売されたスーパーカーではありません
C111は、市販モデルとして量産された車ではありません。メーカーの回顧資料でも、実験車という位置付けが明確にされています。ガルウイングドアがあるからといって、300SLの量産後継車として発売されたわけではないのです。
1969年車は、フランクフルトのIAAで発表されました。メーカーは、くさび形の車体、オレンジ色の塗装に加え、ガラス繊維強化プラスチックのボディも特徴として挙げています。エンジンだけでなく、形や材料も研究対象を感じさせる部分です。
半年ほど後の1970年3月には、ジュネーブでIIを発表。数十年のモデルチェンジを一枚の写真で代表させる感覚ではなく、短い間隔で見直された二つの試作を分けると、フロントや車体の写真を見比べる楽しみも増えます。
同社の歴史解説は、ロータリーの燃費と排出ガスの課題を挙げ、1971年にこのエンジン方式の開発を断念したとしています。華やかな外観や出力の数字だけでは、販売まで進まなかった事情を説明しきれません。
ここは「速くなかったから中止」とまとめたくない部分です。350PS・300km/hという技術データがあっても、量産車には燃料消費や排出ガスなど別の条件があります。研究で得た性能と、市販の成立条件は異なる問いでした。

1976年のII Dは、ロータリーのディーゼル版ではありません
C111-II DのDは、ディーゼルの段階を見分ける手掛かりです。載せられたのはロータリーではなく、3リッターの直列5気筒ターボディーゼル。ターボは排気の力を使って吸気を圧縮する装置です。
メーカーの技術紹介によると、1970年のC111-IIのうち1台を、ディーゼル搭載車へ改造しました。外観に初期C111の面影が強く残っていても、中身まで4ローターと考えてしまわないようにしたいですね。
このエンジンには、圧縮した吸気を冷やすインタークーラーも組み合わせ、出力は140kW・190PSとなりました。元になる量産ディーゼルの系統を使いながら、高速走行を試す仕様へ仕立てています。

「250km/h以上」は、どれくらい走った記録?
II Dが向かったのは、イタリアのナルドにある試験コースです。1976年の記録走行では、長時間にわたる高速走行で、平均250km/hを超える記録を残しました。
ここで知りたいのは、瞬間的に速度計が250を指したという話との違いです。ある距離や時間を通じた平均速度を高く保つには、加速した一瞬だけでなく、走り続ける性能が問われます。
メーカーは、この取り組みを、ディーゼルは遅く荒々しいという当時の先入観に挑むものとして紹介しています。初期のロータリー研究車と比べると、見せたい技術がはっきり変わっています。
注意
記録走行の車両仕様を、公道用の改造や装備撤去の手本にしないでください。試験コース向けの変更と、一般道路で必要な装備は別です。
1978年のC111-IIIは、ボディまで記録のために変えました
次のC111-IIIは、初期型のオレンジ色の車にエンジンだけ載せ替えたものではありません。メーカーは、幅を狭め、ホイールベースを延ばし、車体を覆う形状や尾部を工夫した記録車として説明しています。
搭載するのは引き続き5気筒のターボディーゼルで、出力は169kW・230PS。技術データに記載された空気抵抗係数Cdは0.183です。Cdは形状などによる空気抵抗の性質を表す係数で、抵抗の大きさそのものを一つの数字で示す値ではありません。
同じCdでも、車の前から見た大きさや速度などが違えば、実際の抵抗も変わります。「0.183だから、どんな車より燃費がよい」といった結論にはできません。まず、記録を狙うために形状まで作り直したという点に注目しましょう。

321.9km/hと327km/hは、同じ数字の丸め違いではありません
C111-IIIについて、メーカーの2019年技術資料には、500km走行の平均速度321.9km/hという記録と、技術データ上の最高速度327km/hが載っています。
前者は500kmという距離にかかった時間から見る平均です。後者は車両の最高速度として示す値。どちらも速さの数字ですが、条件と意味が違います。
| 車両 | 数字 | 意味 |
|---|---|---|
| 1978年 III | 321.9km/h | 500kmの平均速度 |
| 1978年 III | 327km/h | 技術データの最高速度 |
| 1979年 IV | 403.978km/h | 周回路の記録 |
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写真に添える短い説明でも、「C111は321.9km/h」とだけ書くと、どの車の何の速さか分からなくなります。「1978年のIII、500kmの平均」と付けるだけで、その記録の面白さが伝わります。

最後はV8ガソリン。1979年のIVで、また問いが変わります
C111-IVでは、4.8リッターのV8ガソリンエンジンに2基のターボを組み合わせています。出力は368kW・500PS。3リッター5気筒ディーゼルのまま、400km/hへ進んだわけではありません。
1979年にはナルドで403.978km/hの周回路記録を達成しました。端数まで細かいこの数字は、記録として示された値です。技術データの最高速度404km/hという表記とは、記載の目的も精度も区別して読みます。
車体も初期の姿から大きく変わり、長く細い形と尾部の構成を持つ記録車となっています。メーカーの技術資料では、IIIのうち1台をIVへ改造した経緯も紹介されています。

350PSのIIより230PSのIIIが速い。そこから何が言える?
1970年のIIは350PS・最高速度300km/h、1978年のIIIは230PS・最高速度327km/h。表だけ見ると「馬力が低いのに速い」と気になりますよね。
確かに数字はそう並びますが、エンジンだけを同じ車体へ載せて比較した試験ではありません。車体形状、狙い、年式が違うので、これを燃料やエンジン方式そのものの優劣の証明にはできません。
読み取れるのは、車の速さを出力だけで説明できないこと、そしてC111の研究が動力から車体を含む総合的な記録挑戦へ広がっていたことです。違う条件を隠さず並べる方が、この比較は面白くなります。
写真や展示札を見るなら、この四つを探してみて
まず年式。1969年か1970年かで、ローター数も出力も違います。次に名称の末尾です。IIとII Dは一文字の差でも、動力方式は大きく変わります。
三つ目はエンジンの記載。ロータリー、直列5気筒ディーゼル、V8ガソリンを区別します。最後に速度の条件。最高速度、距離の平均速度、周回路の記録を読み分けてみてください。

今回参考にさせていただいた資料


