2000GTのエンジンには、長いカバーが二本並んでいます。DOHC、ツインカム、と聞くと、今の4バルブエンジンのように想像してしまいませんか。
1967年の2000GTに載る3M型は、直列6気筒・DOHC・1気筒2バルブのエンジンです。つまり、バルブは合計12本。二本なのはカムシャフトで、バルブの本数とは数えている部品が違います。
要点
二本のカムが動かすもの/直列6気筒・2バルブ・12バルブの読み方/クラウンのエンジンを基にしたDOHC化と、開発分担の見方。
二本の長い軸が、吸う側と出す側を受け持つ
エンジンは、空気と燃料を取り込み、燃焼したあとのガスを外へ出します。その入口と出口を開閉する部品がバルブです。
バルブを必要なタイミングで動かす軸がカムシャフト。軸には突起のあるカムが付き、回転に合わせてバルブを開閉させます。DOHCのDはDouble、OHCはOver Head Camshaft。シリンダーヘッド側に二本のカムシャフトを置く方式を指します。
3M型では、その二本を吸気側と排気側に分けて考えると読みやすくなります。二本のカム=二つの気筒、ではありません。

六気筒全部の上に、二本のカムが長く伸びます
直列6気筒とは、六つのシリンダーを一列に並べたエンジンです。シリンダーは、ピストンが上下する筒の部分。3M型では、二本のカムシャフトが、その列に沿って配置されます。
長い二本の軸が、六気筒分のバルブを受け持ちます。気筒が六つ並ぶ列に沿って、吸気用と排気用の軸が一本ずつ伸びているのです。

1気筒に二本。だから六気筒なら12バルブ
ヤマハ発動機の展示車解説は、2000GTのエンジンをDOHC・2バルブ・直列6気筒と紹介しています。ここでの2バルブは、1気筒当たりの数です。
1気筒に吸気用が一本、排気用が一本。それが六気筒あるので、2×6で12バルブになります。「DOHC」と「12バルブ」は矛盾せず、違う特徴を言い表しているのです。

| 表記 | 数える部品 | 3M型の場合 |
|---|---|---|
| 直列6気筒 | ピストンが動くシリンダー | 一列に6個 |
| DOHC | シリンダーヘッド側のカムシャフト | エンジンに2本 |
| 2バルブ | 1気筒の吸排気バルブ | 吸気1本・排気1本 |
| 12バルブ | エンジン全体の吸排気バルブ | 2本×6気筒 |
表は左右にスクロールできます。表の参考:ヤマハ発動機:2000GT展示車の仕様
表で同じ「2」が出てきても、一方はエンジンのカムシャフトの本数、もう一方は1気筒のバルブ数。比較するときには、数字の後ろに何を数えた値なのかを添えてみましょう。
DOHCだから4バルブ、とは限りません
DOHCという名称そのものに、1気筒4バルブという条件はありません。
3M型の「二本のカム」と「各気筒二本のバルブ」は、その区別を覚えるのにちょうどよい例です。バルブ数だけで、新旧のエンジンの出力や乗り味を決めることもできません。
基になったのはクラウンの直列6気筒でした
ヤマハの開発史には、クラウンに使われていた2000cc直列6気筒エンジンをDOHC化し、出力を高める計画だったと記されています。
つまり、六つの気筒を直列に並べる形式を受け継ぎながら、上部のバルブを動かす仕組みなどを高性能化したということ。専用スポーツカーだから、既存エンジンと一切つながりがない、という成り立ちではありません。

カバーも黒く仕上げた、エンジン上部の開発
ヤマハの開発史には、シリンダーヘッドカバーに黒い艶消しの縮み塗装を施したことも残っています。ボンネットの下に隠れるエンジンにも、外観の仕上げを取り入れたのです。
シリンダーヘッドは、バルブや燃焼室などがあるエンジン上部です。カバーの下で二本のカムが働く構造と、黒く仕上げた外観。その両方に、2000GTのエンジンを見て楽しむ手掛かりがあります。

150PSという値は、回転数と一緒に読む
トヨタ75年史に掲載された代表仕様では、3M型の排気量は1,988cm³、最高出力は150PS/6,600rpmです。ヤマハの展示車解説も、150PS/6,600r/minと案内しています。
6,600rpmは、毎分6,600回転という意味。150PSという数字だけが、アイドリングから高回転まで常に出ているわけではありません。最高出力の値と、それを示す回転数を一組で読みます。
注意
ここではメーカーが紹介する当時の代表仕様を扱います。現代車との単純な馬力比較や、現在残るすべての個体の性能保証には使えません。年式や仕向け地、修復・改造の履歴が異なる実車は、個別に確認が必要です。
車両型式MF10とエンジン型式3Mも別の名前です。MF10は車両側、3Mはエンジン側。カタログや展示の説明を読むときは、どちらの欄なのかを見ると、型式が二つ出てきても戸惑わずに済みます。
最大トルクの5,000回転と、最高出力の6,600回転
ヤマハの展示車諸元には、最大トルク176.5N・m(18.0kgf・m)/5,000r/minも載っています。トルクは軸を回す力の大きさを表す値です。最高出力の150PSとは単位も、最大値が出る回転数も違います。
展示パネルを読むなら、「5,000回転で最大トルク」「6,600回転で最高出力」と二段にメモすると整理しやすいですね。二本のカムや12本のバルブは構造の説明、この二つの数値はエンジンの性能の説明です。部品を数えたあとに諸元へ戻ると、同じ一枚の表から読み取れることが増えます。
1965年の試作発表から、市販車になるまで
ヤマハの記録によると、開発協力は1964年12月に始まり、1965年9月に技術提携を契約。同年10月の東京モーターショーへ向けて、試作車の製作が進みました。
その後、市販車第1号が完成したのは1967年2月です。試作車を走らせるだけでなく、トヨタの完成検査を通す必要があり、水漏れやワイパーのきしみ音の解消にも苦労したと記されています。
エンジンのDOHC化と、雨の日にも使える一台へ仕上げる仕事。その両方が並行していたのが、2000GTの開発でした。古いスポーツカーの技術を読むとき、最高出力の数字だけでなく、市販までに何を確かめたのかも気になるところです。
ヤマハとの共同開発は、エンジンの名前だけでは語れない
ヤマハの記録では、トヨタが全体のレイアウトやデザイン、基本設計を進め、ヤマハが主にエンジンの高性能化と、車体・シャシーの細部設計を担当したとされています。
二本のカムを持つ3M型は、その共同開発で生まれた技術の一つ。エンジンに注目する記事でも、車全体を一社だけが考えたように紹介するのは避けたいところです。

2000GTの開発や生産の経緯は、別の記事で紹介しています。今回はエンジンを見る入口として、六気筒、二本のカム、1気筒二本のバルブ。この三つを別々に数えるところから始めてみてください。
今回参考にさせていただいた資料


