初代アウディ・クワトロというと、ラリーを思い浮かべる方も多いでしょう。角ばったクーペの下では、前輪と後輪へ力を送るために、軸の通し方まで工夫されていました。
四輪駆動は、単に車輪を四つとも回せば完成するわけではありません。曲がるときの回転差をどう許すか、増える機械をどう収めるか。そこに、1980年のクワトロを読む面白さがあります。
今回は登場時の市販車を中心に、エンジン、変速機、三つの差動装置、中空の軸という順番で見ていきます。競技車のSport quattro S1や、現在のquattroの仕組みとは分けて考えてみましょう。
五気筒の力は、そのまま車輪へ届くわけではありません

エンジン・変速機・デフ、まず役割を分けよう
初代クワトロは、ターボとインタークーラーを備えた直列五気筒エンジンを搭載しました。1980年の発表車について、アウディは最高出力147kW・200PSを紹介しています。
直列五気筒は、五つの気筒を一列に並べた構成です。図の五つの円は気筒の並びを示すもので、実際のエンジン内部をそのまま再現した図ではありません。
エンジンが力を作り、変速機が回転数と車輪へ伝わる力の関係を調整する。その先で、差動装置が別々の車輪や車軸の回転差を許します。差動装置は、デフ、ディファレンシャルとも呼ばれます。
名前が一度に出ると難しく感じますが、役目を分ければ整理できます。「何が回す力を作るのか」「どこで回転の関係を変えるのか」「どこの回転差を許すのか」という三つの問いです。

ターボとインタークーラーも別の部品
ターボは排気のエネルギーを利用して、エンジンへ送る空気を圧縮する装置です。インタークーラーは、その圧縮された空気を冷やすための部品です。

公式資料は、クワトロのエンジンがAudi 200 5Tのエンジンをもとにし、インタークーラーを備える構成だったと説明しています。五気筒という気筒数の話と、吸気をどう扱うかという話は、分けて読むと理解しやすくなります。
なお、現在の日本の公式車種回顧にある排気量や出力の範囲は、1980年から1991年までの改良を含むものです。範囲の大きい数字を、発表時の一台へまとめて当てはめないようにしましょう。
三つのデフは、どこの回転差を許すのでしょう?
左右だけでなく、前後にも違いがある
車が曲がるとき、外側の車輪は内側より長い距離を進みます。同じ時間で長い距離を進むため、左右の車輪には回転数の違いが必要になります。
四輪駆動では、その話が前輪側にも後輪側にもあります。さらに、前側と後ろ側の車軸も、曲がるときに同じ軌跡を通るわけではありません。

そこで、左右を扱う前輪側のデフ、左右を扱う後輪側のデフ、前後を扱うセンターデフを区別します。「デフがある」という一言では、どの場所の話なのかが分かりません。

図では青が前輪側、オレンジがセンター、緑が後輪側です。矢印を一度に全部追わず、まずオレンジから前と後ろへ分かれるところを見てください。そのあと、前輪の左右、後輪の左右へ視線を移してみましょう。
センターデフは、後輪のデフとは役目が違う
センターデフの「中央」は、車体の真ん中という位置の呼び方だけではありません。駆動系の中で、前後の車軸の間を扱う役目を指します。
初期のクワトロは、通常の前後配分を50対50とする構成でした。後年のモデルに出てくる配分の数字を見つけても、1980年の説明へそのまま移さないことが大切です。
| 場所 | 回転差を扱う相手 |
|---|---|
| 前輪側のデフ | 前輪の左と右 |
| センターデフ | 前輪側と後輪側 |
| 後輪側のデフ | 後輪の左と右 |
四輪駆動と後輪駆動の違いを理解したいときも、車輪の数だけではなく、「どこで力が分岐し、どこの回転差を許すか」を図で追うと、機械のつながりが見えてきます。

中空シャフトの中に、もう一本の軸が通っていた!
中を空けたのは、軽くするためだけ?
アウディの技術資料が紹介する工夫は、変速機内にある263mmの中空の軸です。中空とは、内部に空間を持つこと。この場合、その空間に別の軸を通します。

外側に穴があるから軽い、という説明だけでは、ここでの狙いを言い切れません。内側を別の回転する部材の通り道に使い、前輪側へ動力を戻すことができます。
公式の説明では、中空の軸の後端がセンターデフを駆動し、そこから後輪側へは長いシャフトで力を送ります。前輪側へ向かう力は、中空部分を通る別の軸から前輪のデフへ届きます。
同じ方向に並ぶ二本の軸でも、同じ役割とは限りません。図の青とオレンジを別々の部材として見ると、センターへ送る側と、そこから前へ向かう側を区別しやすくなります。
機械を増やしても、乗用車に収めたい
四輪を駆動するには、前後へ動力を分ける機構や後輪側へ届く経路が必要です。それらをただ追加すると、場所と重さの問題が大きくなります。
アウディは中空軸の構成により、重い独立したトランスファーと二本目のプロペラシャフトを使わず、コンパクトな四輪駆動を実現したと説明しています。トランスファーとは、前後などへ動力を分けるための機構です。
「四輪駆動を付けた」という結果の裏に、既存の乗用車の中へどう収めるかという課題があります。ラリーで目立つ車であっても、その土台には車内の機械の配置を考える仕事がありました。
見方のコツ
シャフトは動力を伝える軸、デフは回転差を許す機構です。長い棒と歯車のまとまりを、別の役割として図で見てみましょう。
きっかけは雪道。大きな馬力だけでは決まらなかった
強いエンジンでも、路面へ伝わらなければ?
クワトロの発想につながったのは、1976〜1977年冬のスウェーデンでのテストでした。アウディの資料は、75PSのIltisが、より強力な前輪駆動の試作車より雪道でよく走ったことを紹介しています。
この話を、エンジンの能力が不要だったという意味で受け取る必要はありません。エンジンが作った力を、タイヤと路面の関係の中で使えるかどうかが別の課題だ、ということです。
空転は、タイヤが回っていても車が期待したように前へ進まない状態です。出力を上げるだけでは解決できない場面があることを、雪上で確かめたわけですね。
デフロックと、普通の差動は同じではない
初期クワトロには、手動でロックできるセンターデフと後輪側のデフがありました。ロックは、通常許している回転差を制限する働きです。

差を許すことと、差を制限することは、反対に見えても、それぞれ必要になる条件があります。ここでも「どこをロックするのか」を見て、前後の話と後輪の左右の話を混ぜないようにしましょう。
こうした装置があるから、どんな路面でも制動距離が短くなる、という話ではありません。加速するための駆動の仕組みと、止まるためのタイヤやブレーキの条件は別です。四輪駆動という名前だけで、無条件の安全を受け取らないようにしたいですね。
Audi Japanの公式映像では、quattroの歴史の節目を紹介しています。初期の市販車と、映像に登場する競技車・後年のモデルを見分けながら、開発の流れを見る参考になります。
初代、Sport、S1、Torsenを一つにまとめないで

ラリーの大きな翼は、1980年の市販車と別
初代クワトロは1980年のジュネーブ・モーターショーで発表され、改良を重ねながら1991年まで生産されました。1984年には、短いボディを持つSport quattroが登場します。
さらに競技用のSport quattro S1という名前も出てきます。検索で見つかる大きな空力部品や高出力の数字を、そのまま最初の市販クワトロの仕様にしないでください。
車種名の後ろに付く言葉を省くと、異なる車の写真と数字が一組になってしまいます。気になる画像を見つけたら、年、仕様名、市販か競技かをセットで確認すると、資料を読み違えにくくなります。
1986年には、前後配分の考え方も進化
1986年には、手動ロック式のセンターデフからTorsenへの転換が紹介されています。Torsenはトルクを感知するという意味を持つ名前で、機械的に前後の駆動力配分を変える仕組みです。
この1986年という節目はquattro技術全体の年表です。1980年の初代にTorsenが付いていたという意味ではありません。
つまり、quattroという名前が続いていても、内部の機構がずっと同じだったわけではありません。現在の車まで含めて調べるなら、車種と世代ごとの仕組みを確認する必要があります。

外から見えない機械のつながりが分かると、1980年代の写真も、ただ古い車の記録ではなくなります。前後に分かれる力と、それを小さく収めたパーツを思い浮かべながら、初代クワトロを見てみてください。


