1991年に登場したホンダ・ビート。軽自動車の小さなエンジンで64馬力と聞くと、「ターボが付いていたの?」と気になるかもしれません。
ビートは、ターボチャージャーを使わない自然吸気のエンジンです。その代わり、空気を取り込むための弁を三つ設け、燃料の送り方にも工夫を凝らしました。ホンダが「MTREC(エムトレック)」と呼んだ仕組みです。
1991年の発表資料を開くと、弁の数だけでは見えてこない話がありました。アクセルへの応答を大切にしながら、信号待ちのアイドリングも安定させる。その両方を考えた仕組みだったのです。
- ビートの発売時のエンジンは、656cc・3気筒12バルブの自然吸気。
- 吸気のスロットルバルブは3気筒それぞれに一つ。3つの弁は連動する。
- MTRECは3連スロットルだけでなく、条件による燃料噴射制御マップの切り替えも含む。
ターボがないのに、どうやって空気を入れる?
まず、自然吸気とターボの違い
エンジンが燃料を燃やすには、空気が必要です。自然吸気エンジンは、ピストンが下がるときなどに生まれる圧力差を利用して空気を吸い込みます。
一方、ターボエンジンは排気のエネルギーで過給機を回し、吸い込む空気を圧縮して送り込みます。どちらも空気を取り込む点は同じですが、ターボには空気を圧縮する過給機が加わります。
ビートにある3連スロットルは、この過給機の代わりに空気を圧縮する装置ではありません。空気の通り道にある弁を、各気筒に用意したものです。まず、空気を圧縮する部品と、通り道を開け閉めする部品を分けてみましょう。


「ターボがない」と聞くと、特別な仕組みもないように感じるかもしれません。ビートの面白さは、空気をどんな経路で、どう入れるかにもあります。
64馬力は、回転数と一緒に見る
ホンダの1991年資料に記された最高出力は、64PS/8,100rpm。最大トルクは6.1kgm/7,000rpmです。64という数字だけでなく、どの回転数で発生するかも一緒に書かれています。
これはエンジンの代表的な性能を示す数字で、発進から最高回転までずっと64馬力が出ているという意味ではありません。昔のカタログを見比べるときも、最高出力の数字と、その横の回転数を一組で読むと違いが見えてきます。
3連スロットルの「三つ」は何の数?
3気筒それぞれに、空気を調節する弁
スロットルバルブは、エンジンへ入る空気の量を調節する弁です。身近なイメージなら、筒の中にある丸い板を傾けて、空気の通りやすさを変える仕組みと考えると分かりやすいでしょう。
ビートのエンジンは3気筒。その一つひとつへ向かう吸気通路に、それぞれスロットルバルブがあります。ホンダは、3つの弁をばらばらに操作するのではなく、同調しやすいよう3ボアのバルブ作動を一体にした、と説明しています。
「気筒が三つだから、アクセルペダルも三つ」という話ではありません。一つのアクセル操作に対し、三つの弁が連動します。

資料に載るスロットルボア径は36mmが三つ。直径の数字はそれぞれの通路についてのもので、「三つを足すと108mmの一つの穴」という意味ではありません。
空気をためておく箱にも役割がある
3本の通路だけを見ると、外気からいきなり弁へ入っていくように想像するかもしれません。その手前には、エアクリーナーを兼ねた容量5Lのチャンバーがあります。
ホンダは、このチャンバーを各気筒間の吸気干渉を抑え、3連スロットルの働きを生かすための工夫として説明しています。「箱を大きくすれば何でもよい」という話ではなく、弁と吸気通路を含めた設計として見たい部分です。
ホンダはまた、スロットルバルブから燃焼室までを短くできるレイアウトが、空気量の変化への俊敏な追従に寄与すると説明しています。アクセルを踏んだときに車がどう応じるかを大切にした設計です。

「三つの弁」だけに目が行きますが、その手前の箱と、その先の通路も一緒に見ると、ホンダが吸気全体を考えていたことが分かりますね。
MTRECは、弁だけで完成する仕組みではない
空気の量に合わせて、燃料をどう送る?
空気が入っても、それに見合う燃料がなければエンジンはうまく動きません。ビートには、燃料を電子制御で噴射するPGM-FIが使われています。
そこでホンダはMTRECに、燃料噴射量を決めるための二つの制御マップを用意しました。マップとは、センサーで得られる状態をもとに、燃料量を決めるための基準となるデータ、と考えてください。
穏やかな走行やアイドリングでは「吸気圧力とエンジン回転数」を基準にしたマップ。急加速・急減速や高負荷では「スロットル開度とエンジン回転数」を基準にしたマップを使います。ホンダによると、スロットル開度・回転数・スロットルの動きに応じて電子制御で切り替えます。
速い反応と、信号待ちの安定を両立する
ホンダの資料が面白いのは、走行中の応答だけでなく、アイドリングの安定も課題にしているところです。サーキットのレーシングエンジンと違い、ビートは街でも使う乗用車。信号待ちや穏やかな運転もあります。
MTRECの二つのマップは、そうした異なる場面に対応するための工夫です。常に一方だけで走るのでも、アクセルを踏むたび必ず同じ回転数で切り替えるのでもありません。 切り替えの具体的な境界値は、今回参照した説明には記載されていません。
同じMTRECでも、ビートとトゥデイは同じ味付け?
1993年に登場したトゥデイにもMTREC仕様が用意されました。ただしホンダは、ビートの仕様をベースに吸排気タイミングなどを最適化し、低中速を重視したと説明しています。
発売時の発表資料にあるトゥデイXiの最高出力は58PS/7,300rpm。一方、1991年ビートは64PS/8,100rpmです。同じMTRECという名前だけで、出力や運転感覚まで同一だとは決められません。
カタログを探すときは、「MTREC」と一緒に車種・年式・グレードを見てみてください。ビートとトゥデイ、それぞれがどんな使われ方を想定していたかまで比べると、数字の違いにも興味が湧いてきます。
ビートの3連スロットルは、ターボのように空気を圧縮する装置ではありません。3気筒それぞれの空気の通り道と、燃料を送る制御を組み合わせ、アクセルへの応答を磨いた自然吸気エンジン。その二つをセットで覚えると、エンジンルームを眺める楽しみも増えそうです。
今回参考にさせていただいた資料
- Honda ビート発売時のニュースリリース https://global.honda/jp/news/1991/4910515.html
- Honda ビート1991年プレス資料:3連スロットルと吸気系 https://www.honda.co.jp/factbook/auto/BEAT/19910515/be91-013.html
- Honda ビート1991年プレス資料:燃料噴射制御 https://www.honda.co.jp/factbook/auto/BEAT/19910515/be91-014.html
- Honda トゥデイ1993年発売資料 https://global.honda/jp/news/1993/4930126.html
- Honda トゥデイ1993年プレス資料 https://www.honda.co.jp/factbook/auto/TODAY/19930126/to93-005.html


