長いボンネットの奥に、縦に並ぶ5気筒。初代アコード・インスパイアを見ると「FRなのかな」と思いませんか。1989年のこの車は、前輪を駆動するFFです。
エンジンの向きと、駆動する車輪は別の話。後ろの変速機から出た力をエンジンの横へ戻し、そこから左右の前輪へ分けることで、縦置きのFFを成立させています。
しかも片側の駆動軸は、エンジンの下を大きく迂回せず、クランクケースの中空部を貫通。1989年のHonda資料を手掛かりに、その道筋を部品から見てみましょう。対象はG20Aを積むアコード・インスパイアと同系のビガーです。
要点
- 縦置きはエンジンの向き、FFは前輪を駆動するという区別
- エンジン中央の車両左側にデフを置き、変速機の出力を前へ戻す
- 35°右傾と、ケースを貫く駆動軸によって、低い搭載位置を工夫した
» エンジンは縦向き、動かすのは前輪
変速機は後ろ、デフはエンジンの横
まずエンジンと変速機を、車の前後方向へ並べて見てください。エンジンから変速機へ伝えた力を、そのまま後輪に送るとは限りません。
このレイアウトでは、変速機の出力をエクステンションシャフトという軸で前方へ戻します。行き先は、エンジン中央の車両左側に置いたデフギヤです。

デフは、左右の駆動輪へ力を分け、曲がるときに必要になる左右輪の回転差を許す部品。そこから左右のドライブシャフトを通じて、前輪へ力が届きます。
図のオレンジの矢印は、この機械的なつながりを追うためのものです。実際の歯車の回転方向、歯数、軸の回転速度や寸法を示したものではありません。
前へ戻る軸と、左右へ伸びる軸を分ける
名前の似た軸が二つ出てきました。エクステンションシャフトは、変速機からデフへ力を運ぶ軸。ドライブシャフトは、デフから左右の前輪へつながる軸です。
両方を一つのドライブシャフトだと思って図を見ると、どこからどこへ伝わるのかが分かりにくくなります。「前後に戻す」「左右へ配る」の順に追ってみてください。

» なぜ、駆動軸をクランクケースに通すのか
軸を全部エンジンの下へ置くと、高さが必要になる
クランクケースは、ピストンの往復を回転に変えるクランクシャフトを収める部分です。この下には、エンジンオイルをためるオイルパンがあります。
Hondaの説明によると、ドライブシャフトをクランクケースの下に置くのでは、エンジンの搭載位置が高くなってしまいます。前車軸の後ろへパワープラントの重心を置きながら、低いボンネットも成立させたい。そこで、軸の通り道そのものを工夫しました。

クランクケースとオイルパンに中空部を設け、その中を駆動軸が通ります。ピストンやクランクシャフトを突き抜けるわけではありません。エンジンの部品が動く空間とは分けて、横向きの軸を通せる場所を用意しています。
シリンダーは、車両の右へ35°傾ける
G20Aは35°右傾の搭載です。車を正面から見る図では、車両の右は見る人の左になります。写真や断面図で、左右を取り違えやすい点ですね。
傾斜と貫通軸は、低重心化・低ボンネット化を狙った工夫として、同じ資料で説明されています。単に「5気筒を無理に縦に押し込んだ」と読むより、横に渡す軸と高さまでまとめて設計したことに注目したいところです。
» FFミッドシップは、運転席の後ろにエンジンがある意味ではない
前車軸と後車軸の間へ、重心を寄せる
Hondaがこの車で使うFFミッドシップという言葉は、エンジンと変速機の重心を前車軸の後方へ置く考え方です。運転席の後ろにエンジンを置くスポーツカーの姿だけを想像すると、混乱してしまいます。
場所の説明と、駆動輪の説明を分けてみましょう。エンジン・変速機を前車軸より車体中央寄りに配置しても、力の行き先は前輪。だからFFです。
| 言葉 | 何を表すか | 今回の車 |
|---|---|---|
| 縦置き | エンジンの向き | 車の前後方向 |
| FF | 主な搭載位置と駆動輪 | 前方にエンジン・前輪駆動 |
| FFミッドシップ | Hondaの搭載レイアウトの考え方 | エンジン・変速機重心を前車軸後方へ |
表は左右にスクロールできます。表の参考:Honda 1989年資料:FFミッドシップ
縦置きだからFR、ミッドシップだから必ず後輪駆動、という組み合わせにはなりません。今回の車は、この三つの言葉が別々のことを表していると分かる、面白い例です。
前輪荷重の「約60%」は、前輪に送る駆動力の割合ではない
当時のHonda資料は、各種テストを通じ、前輪側の荷重が60%前後となる重量配分でバランスを探ったと説明しています。
これは車の重さを前後でどう受け持つかの話です。「駆動力の60%を前輪へ、残りを後輪へ」という四輪駆動の配分ではありません。前輪を駆動することは変わりません。
» G20Aの「5」と「20」は、それぞれ何の数?
気筒は五つ、バルブは合計二十
1989年のG20Aは、直列5気筒・20バルブのエンジンです。5という数は燃焼する気筒の数、20は吸気・排気バルブの合計。1気筒あたり4個なら、5×4=20となります。

この図では、気筒の並びと弁の数が見えるように、部品を一般化して離しています。実際のシリンダーヘッドの形状や、バルブの角度を再現する図ではありません。
Hondaは直列多気筒の滑らかさや出力面の利点と、長さ・重さ・振動などの課題を検討して、この5気筒を開発したと説明しています。気筒の数だけで車の優劣を決めるより、そのエンジンをどこへ置くために、周りをどう設計したのかまで見ると面白いですね。

ここで扱ったのは、1989年のG20A搭載車のレイアウトです。同じ資料集に載る横置き4気筒のアコードやアスコット、後年のインスパイアの仕様とは分けて見てください。


